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« 武鑓コーチの充実テニス主義 (45)“来ない”ボール | トップページ | 雪! »

2016年2月13日 (土)

武鑓コーチの充実テニス主義 (46)テニス指導

テニスの指導の場で、様々なアドバイスを受けると思います。

ただ、指導を受けていて、あまりに多種多様な理論があり、どれが本当なのかわからなくなる事がありませんか?

心配なことに、殊に我々日本人は、習い事にとても真面目な所がありますから、不適格な事にも、真面目に取り組んでしまい、やればやるほど、リスクのある方向に行ってしまう可能性もあります。

これは、テニスの指導論が、テニス界において、一本化されていない現状が影響しています。

どうしてこんな状況が続いているのでしょうか?

私がテニスを始めた、今から40年と少し前に、丁度、プロテニスプレーヤーが出始めました。

テニス界における、プロ化の始まりです。

「テニスプレーヤーを職業とする、“プロ”になりたい」そう思い、当方も、プロに憧れて、のめり込んで行ったひとりです。

当時は、皇室でもテニスを楽しまれていたことや、高度経済成長もあり、イメージと時代の勢いとで、テニスブームが起こり、テニススクールも、急激に増えました。

その勢いに、指導論が追い付いていけなかったと考えます。

大手が参入し、インドアの施設で、運動量を確保する為ローテーションを駆使し、多くのアルバイトコーチによって、マニュアルに沿って展開して行く。

システマティックに、スマートに、効率よく。

経済成長やバブル景気もあって、事業としては、成功と言えたのかもしれません。

その指導マニュアルは、レッスンの流れを示すものがほとんどで、指導に関する記述があったとしても、当時の名プレーヤー達が、ご自分の感覚のみに基づいて発していたものだと感じます。

何においても言えますが、実績のある方の発言は、全てが正しいように思えてしまう傾向はあります。

しかし、本人は上手くプレーできていても、その感覚が、実際のプレーとは食い違っていて、その結果、指導では、全く異なった方向で、説明したり、対処をしてしまうことも多々あるのです。

“名プレーヤー、名指導者に非ず”と言いますが、多くの乱立したテニススクールそのものが、確立した指導論を持たず、プレーヤーの経験値からスタートしていると考えます。

結局は、指導論の基礎について、見極めが出来ていない点が根底にあるので、指導そのものの不安定さや行き詰りが生じます。

指導に携わっている方の多くは、頭のどこかで「本当にこれでいいのかなぁ…」と感じているのではないでしょうか (驚くほど自信満々の方もおられますが…)

少しテニスを理解されているプレーヤーの方は「コーチによって言う事が色々で、本当にどうなっているのかねぇ…」と言った感じる事も多いと思います。

また、雑誌やネット上にも、旬のプレーヤーの技術や、トッププレーヤーを多く輩出している国の指導法等を、最新の技術や指導法として用いたりしています。

しかし、殆どが、個々の特徴的な点に焦点を当てて検証しているだけで、基礎が覚束ない上では、役には立たないのです。

加えてもう一つ、よく“~さんのマル秘テクニック”なんて見出しがありますね。

惹きつけられる気持ちは理解できます。

でも、プレーヤーは、全てを出し尽くしてプレーしているのですから、全てはオープンになっています。

皆さんは、全てを目の当たりにしておられるのです。

今は、専門チャンネルやYouTubeで、トッププレーヤーの試合や練習風景も、気軽に直ぐ見る事ができます。

解説者以上に、よくチェックし、厳しいコメントを展開する一般プレーヤーの方も多く、皆さん、目が肥えておられます。

“マル秘テクニック”や“必殺技”は、漫画のみの世界です()

基本の検証がないから、本質の理解が浅い。

従って、説得力も真の面白味の伝承も弱く、半減してしまう。

半端な指導力では見透かされても当然で、自覚が足りないのは、指導者当人ばかりなり…と言った感じなのではないでしょうか。

さらに厳しく言えば、“協会公認~級指導者資格”等と言う肩書の信頼度は、高くないのが現状でしょう。

寂しい事ですし、問題でもあります。

このような経緯を辿っているのが、テニス指導の現状と言えます。

理論の基本や基礎には、明確な定義があります。

“全てのプレーヤーに共通している”と言う事です。

基本や基礎を検証して、日本のテニス指導論の一本化を図るべきなのです。

その為には、過去の言動(指導)の誤りを認め、訂正しなければいけない事にもなりますので、相当の勇気を要します。

日本のスポーツ界の傾向でもあると思いますが、序列や競技実績至上主義が根強く、若輩で実績の乏しい者は意見も発せず、従う外ないような風潮は、検証を妨げてしまいがちです。

しかし、それが必要なケースやタイミングもあるでしょう。

「一本化」と言っても、似通ったフォームやプレースタイルのプレーヤーを育てることが目的ではありません。

テニスの場合、基本と応用、そして個性との判断が、極めて複雑で、解りにくい点があります。

ただ、その複雑さは、面白さにも通じていますから、その部分も含めての指導論を確立していきたいと考えています。

過去に、松岡君、伊達さん、澤松さん、杉山さん、等々、そして、現在の錦織君。

結局は、個々の能力と、“我が道を行く”で、実績を築いたのです。

業界やマスコミは、個々のプレーヤーの活躍で、ワッと盛り上がりますが、日々、テニスに励んだり、楽しんだりされているプレーヤーの方の充実度が高まっているかと言うと、考えさせられてしまいます。

全てのプレーヤーの方の充実度を大切にできるコーチでありたいと、指導の根本を見つめながら、コートに立っています。

 

 

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コメント

日本人かもさん、悶々としないで下さいよ。
出来ている状態があるのですから、それを大切にして下さいね。
それを自覚して、増やして、精度を上げていけばいいだけです。
多くの方がそうですが、出来ない事を、すごく気にされます。
出来ている事を大切にし、自覚し、率や精度を上げる事にトライし、楽しみましょう!!
マイナスのストレスを避け、プラスのストレスを楽しみましょう!!
後は、スムーズさを大切にですね。
頑張りで動くと、相当消耗します。燃費向上を目指しましょう!!

予想通りの助言をありがとうございます。耳たこと申し上げたとおり、常に(できるだけ)意識を努力し、ショートラリー、ボレーボレー、そして練習ストロークはかなり一時期よりまともになってきたのです。自分としては、昔に比べれば進歩しているかなと思えるヒットができる確率が上がり、スコーンもスッとも少しずつわかりかけている気もしています。もしかしたら試合でも勝てるかも???
しかし甘かったです。振り回される、緩急、短いドロップショットに続くロブ、それも一個何とか拾っても次は球種が変わればあたふた、来ないボールにおろおろ。コート縦横どちらでも二往復走る前に息が切れてきてしまいます。どこでどうどころでは無くなってしまうのです。おっしゃるとおり位置をとりたいのですが・・・。上手に位置をとる術もコツもないとすれば、あとは、やはりセンスなのでしょうか?試合でも、スコーンスコーンと続けたいのですが、練習を続けるしかないようですね。悶々としながら、がんばります。

典型的な日本人かもさん、日々、悶々としておられますかね…。
1000分の4秒の瞬間に、ボールの飛びは決まると言う事が、耳タコであれば、
もう少し、理解を深めた方がいいかもしれませんね…。
納得いくヒットが出来た時、“どの位置で、どんな風に、ヒットしている”でしょうか?
それが、ある程度理解出来ていなければ、修正も調整も効率も、ないのではありませんか?
特殊なボールのヒットを気にされていますが、ショートラリーやボレーボレーは、
スムーズにヒットしコントロールできていますか? ポロポロとミスヒットが多発していないでしょうか?
ヒットした通りに、必ず飛んで行っています。
その瞬間を、よーくよーく、チェックしてみて下さい。
それがわかってくれば、より楽しくなりますし、トライし易くなりますので!!
特に大切なのは位置ですので!! 術なんて、ありませんので…(苦笑)

通りすがりの週末プレーヤーさんのような、いろいろな方の解釈がブログで喧々諤々となることを期待しています。
どこでどう、1000分の4秒理論については、耳にたこができておりますが、長年やっても実践に至っておりません。典型的な?日本人週末プレーヤーの私のような者は、少しでも向上する期待にすがり、道具やらガットやら、コーチの評判やら気にしてしまいます。
1000分の4秒理論、ヒットしたとおりに飛ぶことは理解しておりますが、どのようにヒットすれば良いのか?未だ闇の中です。レッスンや練習ラリーでは基本自分に返ってくるボールですからイメージも実践もしやすい。しかし、ひとたびゲームになると、まして若者の超高速トップスピンなど、自分から遠くにヒットされたボールを、どうすれば、こちらはヒットできるのか?こちらは筋力脚力体力すべて衰えつつある中、少しでも1000分の4秒理論ヒットをしやすくする術が欲しい!と思ってしまうところが、典型的な日本人かもしれません。

通りすがりの週末プレーヤーさん、コメントありがとうございました。
切磋琢磨、喧々諤々、試行錯誤、しないと、本来は、いいものは、出来上がって行きませんね。
潰れないように思われるのは、本質的な向上心を持って対応していないあらわれとも言えるかもしれません。
プレーヤーの皆さんは、感じるままでいいのです。
ボールは、本当に、ヒットした通りに、正直に飛んで行きます。それが真実で、核心です。
それにトライし、それを楽しんで下さい。
そう言ったムードになるよう、当方も、トライして参ります。

非常に考えるところがありましたのでコメントいたします。

まず、日本の「体育」の悪影響がスポーツの現場に波及していると思います。軍事教練の一環から始まった体育教育は旧態依然としていて、仰るように年功序列の色が濃い状態だと考えます。
私含め、上に教えられた通りにしか若手に教えられない者も少なくない中、その壁を越えてテニスの本質を伝えようとされているコーチには、本当に頭が下がります。

次に、日本人は確実そうな何かにすがろうという思いが強いのかもしれません。
仰るように指導者資格もそうですし、雑誌の特集もプロ選手による「こうすべき!」を示そうと躍起ですし、テニスショップのストリンガーも何とかいう肩書きがあると「お願いしてみよう」という気になります。
(その割に特定のストリングを50ポンドで、と注文しても施工者によって仕上がりやタッチ感が異なる気がします・・・手張りでもないでしょうに、なぜでしょう? テニス七不思議です)
プレーヤーは、目が肥えているようで、何も見えていないのかもしれません。
個人としては強いけど生徒が上手にならない指導者、賑やかだけど本質は突かない雑誌、すぐ緩むガットを張るショップ・・・どこも甘い商売をしていて見限られそうなのに潰れません。不思議です。
まぁ、私含め趣味のアマチュアですから、嫌な思いをしたくないために目くじらを立てないからかも・・・とも思いつつ。
少なくとも、毎週コートに立てるのは幸せではありますし。

私個人としては、コートに立ったら1000分の4秒が本質で、プレーヤー誰しも平等というお考えに好感を持っています。
こうした前提に立って、思考停止に陥ることなく、老若男女が本当にテニスを楽しめる国になればいいのになと思う次第です。

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