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2015年5月16日 (土)

武鑓コーチの充実テニス主義 (32)私とテニスの40年

私がテニスを始めた頃、ちょうどプロ化がスタートしました。

「プロ・テニスプレーヤー」に憧れて、のめり込んでいきました。

それからもう40年も経ってしまいました。

ここ20年は、プレーヤーとしてではなく、コーチとしての指導(サポート)が、私の現場になりました。

プレーヤーの皆さんが口にされる大概の事は、経験し、考察して来ました。

試合で思うように結果の出ない、苦しく辛い思い。

ジレンマと不甲斐無さ、屈辱に苛まれるような思い。

そういう体験をしながら、研究し、分析し、試行錯誤を繰り返して来た歴史でもあります。

世界的に有名なコーチにも師事しました。

日本のトップと言われるコーチからもアドバイスをもらいました。

専門誌を参考にし、様々なプレーヤーを観察しました。

みなさんより、少しは広く、テニス界を眺めて来たと思っていますが、「技術理論」に関しての疑問や不信感は払拭されることはありませんでした。

技術理論と言う物は、共通性と個別性(個々/個人の特徴)の2種類があります。

改めて“理論”を検索しましたが、その一つに、興味深い事が書いてありました。

広辞苑から引用します。

“実践を無視した純粋な知識。この場合、一方では高尚な知識の意であるが、他方では無益だと言う意味のこともある。”

思わず笑ってしまいました。

結局、“テニス”においては、個別性ばかりの“理論”が広がり過ぎてしまったと言えます。

「テニスが上手い人の打ち方が良い打ち方」と言うのが、一般的な見解です。

共通性・普遍性を見い出せないまま、経過し過ぎているのです。

ジェコビッチ、フェデラー、マレー、ナダル、錦織君、そして皆さんとの共通点は何か?

それは、“ボールはヒットした通りに飛んで行っている”と言うことです。

“打点”にのみ集約されているのです。

その事を、明確に確信できたのは、25年程前でした。

もう少し、早く察知出来ていれば、現役でのプレーの充実度も、アップしていたのにと非常に悔やみました。

ただ、それ以降、自身のプレーへの取組も、サポートする場合のチェックも、行い易くなりましたし、探究する事もし易くなりました。

約25年が経過しても揺るがず、深める事ができていますので、この“理論”は“無益”ではない
と考えています。

まだ若いつもりではいますが、着実に年は重ねます。

ボルテージを上げて、加速して、“理論”の普及に努めなければと感じています。

喧々諤々してもいいのです。

そうでないと、いい物は創り出せません。

日々勉強です。

頑張らないといけませんね。

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